目次

大学受験の常識をくつがえす!授業をしない個別指導でわかるまで徹底管理!

武田塾 御茶ノ水本校

BLOG

【古典作品】『更級日記』|「3分でわかる!」シリーズvol.24

こんにちは。
御茶ノ水本校講師の谷田部です。
今回は「更級日記」についての解説を書いていきたいと思います。

1)誰でもでも分かる『更級日記』
作者:菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)→漢字で書ける
成立時期:康平3(1060)年頃
ジャンル:日記
ー豆知識ー
更級日記の「更級」とは、作者の夫橘俊通の赴任先である、信濃国更級という地名に由来する。

2)登場人物は、どんな人?
登場人物①菅原孝標女(1008~1059)
プロフィール:家系は菅原道真に始まる学者の血統である。物語を読みたい衝動に駆られて、源氏物語を読みふけっていた。

登場人物②橘俊通(1002~1058)
プロフィール:菅原孝標女の夫。平安時代中期の貴族で官位は従五位の上・信濃の守

関連する人物
菅原孝標女の継母、乳母等。

3)あらすじ
全体の構成は①上洛の旅②家居の記③宮仕えの記④物詣の記⑤晩年の記に分かれている。
作者で主人公の菅原孝標女は、10~13歳の幼女期を父の赴任先である上総の国(今の千葉県)で過ごす。当時から物語に憧れていた作者は、父の任期が終了すると同時に上京して源氏物語を読みふけり、宮仕えへのあこがれを強めていく。そのころ継母との別離や、乳母・姉との死別、母の出家などを経験した。後に後朱雀帝の皇女である祐子内親王のもとで憧れの宮仕えを経験するが、理想とは違ったため長続きはしなかった。宮仕えを始めて1年後に橘俊通と結婚、長男のの仲俊を出産。子どもが育った後は、石山・初瀬・鞍馬などに参詣の旅に出、夫の死後は仏教へと救いを求めていくのだった。

4)作者は源氏物語ヲタク?
本作品の冒頭にあるように、京都から離れた上総の国に住んでいた作者は姉や継母の話す源氏物語に惹かれていた。その惹かれぶりは異常ともいえるほどで、仏像を作ってもらい、その仏像に、京都に行って源氏物語を読みふけらせてほしいと祈るほどだった。時折耳にする源氏物語に憧れ、最終的には源氏物語を読みふけるという願いを叶えただけでなく、憧れていた宮仕えもしてしまうというのだから作者は相当な源氏物語オタクといえよう。

5)さいごに
『更級日記』を簡単にまとめますと、3点重要なポイントがあります。
1.日記であること。
2.作者の源氏物語への情熱
3.物語の前半は物語や宮仕えへの憧れを楽しげに描いているのに対して、後半は現実を知った作者が信仰の世界に救いを求めていくという話を描いているから、前後半で大体の区分けができる。

一覧へ
Copyright © 2017 武田塾御茶ノ水本校
All Rights Reserved.
お問い合わせ

このエントリーをはてなブックマークに追加

友だち追加