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武田塾 御茶ノ水本校

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【古典作品】『方丈記』|「3分でわかる!」シリーズvol.29

「方丈記」をはじめからていねいに

こんにちは。
御茶ノ水本校講師小松崎です。
今回は「方丈記」についての解説を書いていきたいと思います。

1)誰でもでも分かる『方丈記』
作者:鴨長明
成立時期:1212年
ジャンル:随筆(思ったことや見聞きしたことを自由に書いた文章)

ー豆知識ー

タイトルの「方丈」とは、作者の鴨長明が住んでいた庵が一丈四方(方丈)であったことに由来しています。

加えて、清少納言の『枕草子』と吉田兼好の『徒然草』とともに「日本三大随筆」とよばれています。

 

2)登場人物は、どんな人?
特にはいない。

 

3)あらすじ
冒頭で「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。 」と語られた後、

前半では、災害や飢饉について記し、

後半では、鴨長明自身の庵での生活について記されています。

―前半ー

・安元の大火

 

・治承の辻風

 

・養和の大飢饉
養和年間(1181-82年)2年間にわたって飢饉(養和の飢饉)があり、多くの死者が出た。旱魃、大風、洪水が続いて作物が実らず、諸物価は高騰し、さらに翌年には疫病が人々を襲った。仁和寺の隆暁法印が無数の餓死者が出たことを悲しみ、行き交うごとに死者の額に「阿」の字を書いて結縁し、その数を数えたところ、養和2年4月・5月の左京だけで、42,300人余に達したという。

・元暦の大地震
元暦2年7月9日(1185年8月6日)、大きな地震が都を襲った。山は崩れ海は傾き、土は裂けて岩は谷底に転げ落ちた。余震は3か月にもわたって続いたという。

 

―後半―
自らの草庵での生活が語られる。

 

4)乱世をどう生きる?
さて、上で述べたように、『方丈記』は前半は災害について、後半は自身の庵での生活について書かれています。しかし、前半と後半の内容があまりにも別物であるように感じないでしょうか?この疑問の答えのヒントは冒頭にあります。

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
これを現代語訳すると、

 

「川の流れは途絶えることがなく、(そこを流れる水は)もとの水ではない。川に浮かんでいる水の泡は、一方では消えてなくなり、また一方ではあらわれたりと、そのままの状態でずっととどまっている例はない。この世に生きている人と、その人たちが住む場所も、また同じようなものである。
となります。

 

このように、「この世には、確かなもの、永遠に変わらないものなどない」という考え方を無常観といいます。

 

つまり『方丈記』は、
冒頭で「この世には、確かなもの、永遠に変わらないものなどない」という無常観考えが示された後、
前半で(変わらない、なくならないと思われていた)人の命や生活が災害によって変化したり失われたりする様子が描かれ、
後半で「そんな世の中をどう生きるか」という疑問に対する鴨長明の答えが述べられる、
という構成になっているのです。

 

5)時代背景
鴨長明が生きた平安時代末期から鎌倉時代初期は、武士が台頭してくる激動の時代でした。加えて、災害や飢饉も相次ぎました。今日あるものが明日あるかは分からず、確かなものは何もありません。
こうした中で、徐々に「末法」が自覚されるようになりました。「末法」とは仏教用語で「釈迦が説いた正しい教えが全く行われない時代」のことを意味し、1052年から始まるとされていました。

 

「乱世の世の中で確かなものは何もなく、しかも仏教の教えが正しいのかどうかわからない中、どう生きればよいのか」という不安が人々の心を占めるようになります。

 

そんな事情を背景に、「どう生きればよいか」を説く『方丈記』が登場したのです。

6)さいごに

『方丈記』を簡単にまとめますと、2点重要なポイントがあります。
1、作者は鴨長明
2、社会の大変化+災害と飢饉+末法の時代で無常観が強く意識された
3、「確かなものがない世の中でどう生きればよいか」を説いた

おわり

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