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武田塾 御茶ノ水本校

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【古典作品】『国性爺合戦』|「3分でわかる!」シリーズvol.35

「国性爺合戦」をはじめからていねいに

こんにちは。
御茶ノ水本校講師小松崎です。
今回は「国性爺合戦」についての解説を書いていきたいと思います。

1)誰でもでも分かる『国性爺合戦』
作者:近松門左衛門
成立時期:正徳5年(1715年)初演
ジャンル:時代物

ー豆知識ー
タイトルにある『国姓爺(こくせんや)』とは、主人公・和藤内のモデルとされる鄭成功(ていせいこう)が、隆武帝から明の国姓(君主の姓)である『』を名乗るのを許可されたことに由来しています。

2)登場人物は、どんな人?

登場人物① 和藤内(わとうない)
プロフィール:中国人を父に、日本人を母に持つ。またの名を国性爺(こくせんや)。超人的活躍で明朝の復興に尽くす。実在の人物・鄭成功(ていせいこう)がモデル。

登場人物② 小むつ
プロフィール:和藤内の妻。

登場人物③ 鄭芝龍(ていしりゅう)
プロフィール:和藤内の父。明の臣。日本に渡ってからは老一官と名乗る。

登場人物④ 栴檀皇女(せんだんこうにょ)
プロフィール:明の皇帝の妹。

登場人物⑤ 甘輝(かんき)
プロフィール:将軍。

登場人物⑥ 呉三桂(ごさんけい)
プロフィール:将軍。明の忠臣。敵弾に倒れた帝の寵妃・華清婦人の太子と自らの子を入れ替え、太子をつれて山々を逃げ九仙山に隠れる。

登場人物⑦ 錦祥女(きんしょうじょ)
プロフィール:甘輝の妻。鄭芝龍の先妻の娘。

登場人物⑧ 李蹈天(りとうてん)
プロフィール:明の佞臣。謀反を企てる。

3)あらすじ
「国性爺合戦」は5部構成になっています。
簡単なあらすじは下の4)にまとめています。
1段目)
大明国の皇帝に謀反の心を抱く臣下の李蹈天(りとうてん)は、隣国の韃靼国(だったんこく)と密かに手を結び、城へ攻め寄せます。皇帝は殺されますが、忠臣・呉三桂(ごさんけい)は皇帝の王子を救い出してその場を逃れました。一方、皇帝の妹・栴檀皇女(せんだんこうにょ)は船で唐土を脱出します。

 

2段目)
明の忠臣であった鄭芝龍(ていしりゅう)は、李蹈天の悪計で国を追われて日本に亡命し、老一官(ろういっかん)と名乗っています。老一官と日本人の妻との間に生まれた息子・和藤内は、漁師をしながらも、軍法を学んでいました。ある日、浜辺にいた和藤内の元に栴檀皇女を乗せた船が漂着します。事情を聞いた和藤内は、明の再興のため、父母と共に唐土へ渡ります。老一官には唐土に残してきた娘・錦祥女(きんしょうじょ)がいました。今は甘輝(かんき)という武将の妻になっていることから、和藤内親子は甘輝を訪ね、味方についてもらおうとします。甘輝の館への道中、和藤内一行の前に猛々しい虎が現れます。しかし、母が伊勢神宮の御札をかざすと、虎はすっかり懐いてしまいました。

 

3段目)
親子3人は甘輝の館に到着しますが、甘輝は外出中で中に入れてもらえませ ん。錦祥女は門の上から父・老一官と対面し、再会を喜びます。和藤内の母は自分が縄をかけられ、捕われの身となって城の中に入り、甘輝の帰りを待つことを提案。これを聞き入れた錦祥女は、夫が味方に付けば白粉(おしろい)を、付かないなら紅粉(べに)を、城内から外へと続く水路に流して知らせると、和藤内に約束します。帰館して話を聞いた甘輝は、突然妻の錦祥女を刺し殺そうとします。驚く母に、一旦韃靼国の将軍になりながら、妻の縁で和藤内に味方すると思われては武将の恥、そのため妻を殺した上で味方すると説明。これを聞き、進んで殺されようとする錦祥女ですが、縛られて手の使えない母が甘輝と錦祥女の袖を口でくわえて何とか引き留めます。母の嘆きに、甘輝は和藤内の味方になることを断念。錦祥女は水路に紅粉を流します。紅粉を見て城内に乗り込んできた和藤内が、あわや甘輝と対決という時、錦祥女は剣の刺さった自らの胸元を皆に見せます。錦祥女は夫が和藤内に味方できるよう、自害したのです。水路に流した紅粉は錦祥女の血だったのでした。心を打たれた甘輝は和藤内に味方すると約束し、和藤内に国性爺鄭成功の名を与えました。母は錦祥女を1人で死なせまいと追って自害し、共に息を引き取ります。

 

4、5段目)
その後、国性爺は甘輝・呉三桂らと協力し、ついに李蹈天を討ち果たすのでした。

 

4)『国性爺合戦』は、再興がテーマ?
以上のあらすじをざっくりまとめると、「明の遺臣・鄭芝竜 (老一官) を父とし,日本人を母とする和藤内が中国に渡り,国性爺・鄭成功(ていせいこう)と名乗って明国再興のために奮戦する物語」となります。

 

和藤内は実在の人物・鄭成功(1624~1662)をモデルとしています。実在の鄭成功は、オランダと協力関係にあったことで日本(江戸時代初期)に滞在していた鄭芝龍(ていしりゅう)と日本人女性との間に生まれます。7歳まで日本で暮らしていましたが、その後父について中国に渡ります。1644年に明が滅亡すると、鄭成功は明再興を目指す隆武帝・永暦帝らを奉じて清朝に抵抗運動を展開します。その中で、オランダ東インド会社が統治する台湾に運動の拠点を移そうと試み、ゼーランディア城を制圧、オランダ勢力を一掃して鄭氏政権を樹立します。鄭氏一族はその後も清への抵抗運動を続けますが、清の第4代皇帝・康熙帝によって制圧されます。

 

このように史実は結末が異なり、鄭成功は志半ばで倒れ、その願いも果たされませんでした。しかし、鄭成功が台湾に独自政権をうち立てたことで今日の台湾の基礎が形作られたといっても過言ではなく、台湾では、孫文、蒋介石と並ぶ「3人の国人」の一人として尊敬を集めています。

 

 

『国性爺合戦』を簡単にまとめますと、3点重要なポイントがあります。
1.大明国(たいみんこく)が謀反によって滅ぼされる。
2.明の忠臣・鄭芝龍と日本人の妻との間に生まれた和藤内が、唐土に渡って国性爺・鄭成功と名を改める。
3.明国再興のため活躍するという壮大な物語。

おわり

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